MXeneを統合したコンタクトレンズの開発~眼を電磁波から保護し眼ヘルスケアを革新する新たなブレイクスルー
発表のポイント
- MXene(2次元遷移金属化合物)のコーティング技術を用いて、ソフトコンタクトレンズ上に高い透明性と電磁波シールド効果を両立。
- 眼の乾燥を低減する保湿効果を併せ持ち、生体適合性も90%以上(角膜細胞生存率)と高水準を実現。
- 市販コンタクトレンズへの簡便かつ強固な転写技術を開発し、従来課題であったMXeneの酸化による劣化を抑制。
- 電子回路や無線技術を活用する次世代ウェアラブル機器の安全性向上や、産業?医療分野への幅広い応用に期待。
研究の概要
188博金宝,188博金宝网页大学院医学系研究科眼科学講座の木村和博教授?芦森温茂助教らの研究グループ、早稲田大学大学院情報生産システム研究科の三宅丈雄教授、アザハリ?サマン助教らの研究グループと京都大学工学研究科の廣谷潤准教授らの研究グループは、MXene※1と呼ばれる2次元ナノシート状の遷移金属化合物を市販のソフトコンタクトレンズに安定的に統合する技術を開発しました。
MXeneは優れた導電性と電磁波吸収?反射特性を有するため、コンタクトレンズ表面にコーティングすることで、電磁波からの眼の保護とレンズ自体の高い光透過性を同時に実現します。今回の技術では、MXeneの酸化劣化を防ぎながら、市販のコンタクトレンズ上に簡便かつ強固に貼り付ける方法を確立しました。また、眼の乾燥を低減する保湿効果を持ち、生体適合性も高いことを確認しています。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、東京科学大学iSyMsコンソーシアム、キヤノン財団による助成の成果であり、2025年6月4日午前10時にWileyの科学誌「Small Science」にオンライン版で公開されました。
図.MXeneを統合したコンタクトレンズの開発
研究の背景
近年、マイクロ?ナノ加工技術や無線通信技術の進歩により、コンタクトレンズ型のウェアラブルデバイスが注目を集めています。例えば、視覚拡張(AR/VR)ディスプレイ、生体センサー(眼圧?血糖値モニタなど)、薬剤治療、視力自動補正、生体認証など、多様な用途で研究?開発が進んでいます。
これらの多くは電磁波を用いて電力供給や通信を行う仕組みですが、眼の近くで電磁波が発生することへの安全性が課題として議論されつつあります。長期的?累積的な電磁波の曝露によって白内障や眼疾患リスクが高まる可能性が懸念されているため、安全で効率的な電磁波シールド技術が求められてきました。一方で、コンタクトレンズは装着時の快適性と視界の確保が最優先されるため、高い透明性と柔軟性を両立させた素材開発が必至となっていました。
今回の研究で実現したこと
本研究では、京都大学廣谷グループが開発したMXene素材を基に早稲田大学三宅グループがMXeneの薄膜形成とコンタクトレンズへの転写を実現させたMXeneレンズを試作し、188博金宝,188博金宝网页木村?芦森グループにて安全性を評価することで、透明で安全な導電性コンタクトレンズの開発に成功しました。
図1.本研究で実現された主な成果
研究の成果
三宅グループは、MXene薄膜を市販のソフトコンタクトレンズ上に強固に貼り付ける方法を開発しました。上述したMXeneは、図1左に示したように、真空を作用させたろ過技術(真空ろ過法)を用いて市販のフィルターペーパーに堆積させています。MXene膜厚の増加と共に導電率が良くなりました(2493Ωから369Ωまで改善)。これらMXene/フィルターペーパーを湾曲した市販のコンタクトレンズ上に貼り付けるために、有機溶媒でフィルターペーパーを溶かします。この際、フィルターペーパーを完全に溶かさない条件にすることで、透明で薄膜化されたフィルターペーパー(保護膜)と下地のレンズでMXene薄膜を挟み込むことが可能となります(図2上)。興味深いことに、MXene薄膜を大気中に暴露すると、1ヶ月後に1.2 kΩから109 kΩまでMXene膜の抵抗値が高くなるのに対し、フィルム保護膜有りでは1.4 kΩに留めることに成功しました(図2右下)。このことは、フィルターペーパーをレンズ上に堆積させることで、MXeneの酸化を防止する封止剤としても利用できることを示しています。
図2.MXene薄膜の転写技術および封止効果
適切な厚みのMXene薄膜を形成することで、可視光で80%以上の透過性を確保しつつ、強力な電磁シールド効果(約85%遮蔽に相当)を発揮することができました。すなわち、真空ろ過法で作製したMXene薄膜は、平均膜厚が1.3m、2.1m、2.9mと厚みが大きくなるほど、透過率が89%、82%、59%が下がることが分かりました(図3左)。
次に、MXene薄膜を搭載させたレンズにおける電磁波透過性を評価しました。具体的には、MXeneレンズを市販の豚眼に装着させ、これらを電子レンジ(Wi-Fiなどでも広く利用されている2.4GHzの高周波暴露環境)の中に設置し、異なる電力および時間によって変化する温度(レンズ表面および眼表面)をサーモカメラで計測しました。170Wで30秒間暴露した結果、初期温度が13°Cであった豚眼は通常のコンタクトレンズでは45°Cまで上昇するのに対し、MXeneレンズを搭載させた豚眼では、36°Cに留めることができました。また、三宅グループが有する無線給電の仕組みを利用し、より高周波帯域である5.8GHz付近の周波数域におけるMXeneフィルムの電磁波シールド性能を評価しました。0.04 mg/mL濃度で作製したMXene薄膜(平均膜厚2.1m)において、約85%の電磁波を遮蔽できることを確かめました。さらに、EMIシールド※2効果(SSE/t)を既存の研究成果と比較した結果、本研究で作製したMXeneフィルムは257600 dB cm2 g-1を示し、これは先行研究で報告されているMXene(平均膜厚5.96m膜厚)のSSE/t値(138700)と比較して1.8倍以上高い値となります(図3右)。金属で作製した結果を除いて、マイクロスケールの厚みでは世界最高レベルの性能を実現することに成功したと言えます。
図3.光透過性および電磁波シールド特性
市販コンタクトレンズの水蒸気透過率(WVTR)は0.061 g/cm?/dayであるのに対し、MXeneコーティングレンズのWVTRは0.039 g/cm?/dayでした(図4上)。このことは、市販レンズと比較してMXeneコーティングレンズのWVTRが36%低下していることを示しています。すなわち、MXeneの多層構造が眼表面の水分蒸散を抑えることも実験的に示しており、従来よりも乾燥しにくいコンタクトレンズになる可能性を示しています。
さらに、試作したMXeneレンズの生体適合性に関しては、ヒトの角膜上皮細胞(HCE)を用いたIn Vitro(試験管内)評価(図4下)およびウサギを用いたIn Vivo(生体内)評価(図1右)を実施することで、生物学的に安全であることを確かめています。MXene膜を用いたIn Vitro実験では、72時間後の細胞生存率が94%以上を維持していること、また、HCE細胞の増殖率がMXene膜の有無で変化しないことを確認しました。さらに、ウサギを用いたIn Vivo試験では、MXeneレンズを10時間装用した後でも、角膜の擦過傷や刺激は観察されませんでした。
また、市販レンズとMXeneレンズを装用した後の眼表面の変化を評価しました。充血および角膜損傷スコアは、市販レンズと同等でした。したがって、安全性の観点から、MXeneレンズは通常のレンズと同等であることがわかります。
図4.MXeneレンズの保湿効果と生体適合性評価
今後の展望
ウェアラブル市場の1つであるスマートコンタクトレンズは、AR/VRやヘルスケア分野で発展することが予想され、そこでは電磁波シールドや封止技術などウェット環境特有のものづくりが必要となります。ここで開発した転写および封止技術は、早稲田大学にて権利化しているため、本技術を次世代スマートコンタクトレンズに利用する可能性がある企業やスタートアップ企業との協議を期待しています。本技術は、球面上や凹凸のある表面で利用できる技術であるため、コンタクトレンズ以外の利用にも発展できると考えています。
用語解説
※1 MXene(マキシン、 M=遷移金属、X=C, N)
二次元構造の遷移金属炭化物?窒化物?炭窒化物の総称。高い導電性や電磁波遮蔽性能を有するため、エネルギー貯蔵、センサー、電子デバイスなど多方面で期待されている。
※2 電磁波シールド(EMIシールド)
電磁波干渉(EMI)を遮断または吸収する技術の総称。電子機器の誤作動防止や身体への影響低減を目的に使われる。
論文情報
- 雑誌名:Small Science
- 論文名:MXene-Integrated Contact Lens: A Breakthrough in Wearable Eye Protection and Healthcare.
- 執筆者名:Lunjie Hu, Saman Azhari, Hanzhe Zhang, Yuki Matsunaga, Jun Hirotani, Atsushige Ashimori, Kazuhiro Kimura, and Takeo Miyake
- 掲載日時:2025年6月4日 10:00(日本時間)
- 掲載URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/smsc.202400628
- D O I:10.1002/smsc.202400628
研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施について)
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構医療機器等研究成果展開事業(開発実践タイプ),JP23hma322020
- 東京科学大学iSyMsコンソーシアム
- キヤノン財団研究助成
問い合わせ先
<研究に関すること>
- 188博金宝,188博金宝网页大学院医学系研究科眼科学講座
教授 木村 和博(キムラ カズヒロ)
Tel: 0836-22-2278
E-mail: k.kimura@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp) -
早稲田大学大学院情報生産システム研究科
教授 三宅 丈雄(ミヤケ タケオ)
Tel:093-692-5158
E-mail:miyake@(アドレス@以下→waseda.jp) -
京都大学工学研究科
准教授 廣谷 潤(ヒロタニ ジュン)
Tel: 075-383-3691
E-mail: hirotani.jun.7v@(アドレス@以下→kyoto-u.ac.jp)
<報道に関すること>
- 188博金宝,188博金宝网页医学部総務課広報?国際係
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