コロナ後遺症の診断における酸化ストレスマーカーの有用性
発表のポイント
- 新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(コロナ後遺症)の病態は未解明で、患者の訴える自覚症状に基づいた評価が主体となるため、客観的に診断?評価できる指標が求められています。
- 疲労の指標として知られる血中の「酸化ストレスマーカー※1)」に着目し、当院に受診されたコロナ後遺症患者について解析したところ、「酸化ストレスが大きく、抗酸化力※2)が弱い」という特徴があることが分かりました。
- 特に、思考力や集中力が低下する「ブレインフォグ」症状の評価に酸化ストレスマーカーは有用であることも明らかになり、病態解釈と診断?評価指標の開発において有用な知見と考えられます。
コロナ後遺症は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患した患者さんの一部に生じますが、その病態や原因、発生のメカニズムの詳細は未だ不明確で、自覚症状に基づいた診療が主体となっています。そのため、後遺症の存在や重症度を客観的に評価するための指標(バイオマーカー)の開発が必要です。188博金宝,188博金宝网页大学院医学系研究科基礎検査学講座の野島順三教授らと、岡山大学学術研究院医療開発領域(岡山大学病院総合内科?総合診療科)の大塚勇輝助教(特任)と同大学病院総合内科?総合診療科の櫻田泰江医員、同大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程(総合内科学)の目瀬修大学院生、同大学学術研究院医歯薬学域(医)総合内科学の大塚文男教授らのグループは共同研究において、2024年5月~11月に岡山大学病院のコロナ?アフターケア外来(コロナ後遺症外来)を受診したオミクロン株期の感染による患者77人(女性41人?男性36人:中央値44歳)を対象に、血清中の酸化ストレスマーカー((血清d-ROM(酸化ストレスの強さを示す指標)、BAP(抗酸化力を示す指標)、OSI(酸化ストレスと抗酸化力のバランスを示す指標))を測定しました。
その結果、後遺症患者では健康な人と比べて酸化ストレスの程度が高く、それに対抗する抗酸化力が低下していることが分かり、診断指標としての有用性が示されました。後遺症患者のうち、女性は男性よりも酸化ストレスが高く、年齢?肥満の程度、一部の炎症マーカーと相関していました。また、甲状腺ホルモンや副腎皮質ホルモンとの関連も示唆され、後遺症の複雑な病態の一端が示されました。症状ごとの解析では、特に思考力や集中力の低下を訴える「ブレインフォグ」症状を持つ女性の後遺症患者において、酸化ストレスの程度が高く、これらが後遺症のバイオマーカーの1つとして有用であることが明らかになりました。
この研究成果は2025年8月30日付で国際学術雑誌「Antioxidants」に掲載されました。
研究者からのひとこと

大塚文男 教授
コロナ後遺症は自覚症状が多く、周囲から症状を客観的に捉えにくいことが診断や治療において難点でした。今回の結果から、酸化ストレスを測定することで、後遺症の診断や重症度の評価に活用できる可能性が示されました。

大塚勇輝 助教(特任)
“目に見えない”症状である倦怠感を中心としたコロナ後遺症の病態解明と診断?評価指標の開発に取り組んでいます。今回の成果を踏まえ少しでもこうした症状の“見える化”につなげることができればと思います。

櫻田泰江 医員
「検査でコロナ後遺症を判定したい」という患者さんの声に、一歩近づく研究成果が得られました。今後の臨床応用につながることを目指して、研究を進めていきます。

野島順三 教授
コロナ後遺症における酸化ストレスマーカーを詳細に解析することで、病態の一端を客観的に捉えることができました。今後はバイオマーカーとして確立し、後遺症に苦しむ患者さんの診断や治療に役立てていきたいと考えています。
発表内容
背景
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症は、多彩な症状を呈しますが、その詳細な病態は未だ解明されていません。そのため診療は患者さんの訴えに基づく対症療法が中心となっています。岡山大学病院のコロナ?アフターケア(CAC)外来では、2021年2月15日の開設以来1,200人を超える新型コロナ後遺症患者を診療してきました。本研究では現在主流となっているオミクロン株での感染からの後遺症を対象に、疲労との関連が報告されている酸化ストレスマーカーを測定し、症状との関連を検討しました。
研究の内容
2024年5月から11月の間に当院を受診したコロナ後遺症患者77人(女性41人[53%]、男性36人[47%]、中央値44歳)より個別同意を得た血清サンプルを用いて、酸化ストレスおよび抗酸化能を評価しました。
血清中のジアクロン反応性酸素代謝物(血清d-ROM;CARR単位)、生物学的抗酸化能(BAP;μmol/L)、酸化ストレス指数(OSI)の中央値[四分位範囲]は、それぞれ 533.8[454.9–627.6]、2385.8[2169.2–2558.1]、2.0[1.7–2.5]であり、コロナ後遺症患者の酸化ストレスを示す値は、健康な人よりも高い傾向がはっきりと確認されました。
また、女性は男性に比べてd-ROM(579.8 vs 462.2)およびOSI(2.3 vs 1.8)が有意に高く、年齢や肥満度(BMI)が高いほど、その傾向が強まることが分かりました(図1)。一方で、抗酸化力(BAP)は、年齢やBMIが高いほど低い傾向を示しました。調査の結果、d-ROMおよびOSIは炎症を示すCRPやフィブリノゲンと関連して高値を示し、BAPはCRPやフェリチンが高いほど低下しました。さらに、血中ホルモンとの関連では、甲状腺ホルモン(遊離サイロキシン)値は酸化ストレスと逆の動きを示し、副腎皮質ホルモン(コルチゾール)値は酸化ストレスと同じ方向に動くことが確認されました。ブレインフォグを訴える患者ではOSIが高値を示し(2.2 vs 1.8)、特に女性でその傾向が顕著でした(d-ROM:625.6 vs 513.0、OSI:2.4 vs 2.0)(図2)。また、健康な人とコロナ後遺症患者を区別できるOSIの値を用いることで、健康な人と後遺症患者(基準値1.32)、さらに後遺症患者の中からブレインフォグの有無(基準値1.92)を判別できる可能性が示されました。
解析の結果、d-ROM、BAP、OSIといった酸化ストレスマーカーは、コロナ後遺症、特にブレインフォグに代表される症状の客観的な診断指標となり得ることが示唆されました。これらのマーカーは、炎症マーカーや内分泌データと併用することで、コロナ後遺症の病態や重症度の評価にも有用である可能性があり、コロナ後遺症の根底にある酸化ストレス関連の病態生理を明らかにするためには、さらなる研究が求められると考えられます。
図1:コロナ後遺症患者における酸化ストレスマーカーの性別、年齢、BMIによる特徴
(A) d-ROM、BAP、OSIの性差を示す箱ひげ図(箱=四分位範囲、横線=中央値、「×」=平均値)、(B) 酸化ストレスマーカーと年齢との相関を示す散布図、(C) 酸化ストレスマーカーとBMIとの相関を示す散布図、統計解析はマン?ホイットニーU検定、線形回帰分析、スピアマン順位相関を用いた。有意水準は p < 0.05 (*), p < 0.01 (**)。有意な回帰直線は赤で示す。
図2:ブレインフォグを有するコロナ後遺症女性患者における酸化ストレスマーカーの特徴
ブレインフォグの有無別におけるd-ROM、BAP、OSIの性差を示す箱ひげ図(箱=四分位範囲、横線=中央値、「×」=平均値)。統計解析はマン?ホイットニーU検定を用いた。有意水準は p < 0.01。
社会的な意義
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は急性期だけでなく慢性期にも多彩な症状を引き起こし、約20~40%の患者でコロナ後遺症として症状が持続することが分かっています。倦怠感、呼吸困難、筋肉痛?関節痛、認知障害などの自覚症状を特徴とし、メカニズムとしては微小血栓や持続的炎症、自己免疫、神経?血管障害が関与することが考えられています。コロナ後遺症は長期化すると慢性疲労症候群(ME/CFS)に類似した症状を呈することもあり、その確定的なバイオマーカーはないのが現状です。本研究により、酸化ストレスおよび抗酸化活性マーカー(d-ROM、BAP、OSI)が、客観的な評価の難しいコロナ後遺症患者の病態や診断に有用である可能性があり、後遺症に苦しむ患者さんにとって意義のある結果となりました。
論文情報
- 論 文 名:Clinical Evaluation of Oxidative Stress Markers in Patients with Long COVID During the Omicron Phase in Japan
- 掲 載 誌:Antioxidants 2025, 14(9), 1068
- 著? 者:Osamu Mese, Yuki Otsuka,Yasue Sakurada, Kazuki Tokumasu, Yoshiaki Soejima, Satoru Morita, Yasuhiro Nakano, Hiroyuki Honda, Akiko Eguchi, Sanae Fukuda, Junzo Nojima and Fumio Otsuka
- URL:https://doi.org/10.3390/antiox14091068
補足?用語説明
- ※1)酸化ストレスマーカー:体の中で過剰に発生した「活性酸素」によって細胞が傷つく状態を数値化したもの。疲労やさまざまな病気に関係している。
- ※2)抗酸化力:ビタミンや酵素など体を酸性ストレスから守る力。
お問い合わせ
<研究に関すること>
- 188博金宝,188博金宝网页大学院医学系研究科基礎検査学講座
教授 野島 順三
(電話番号)0836-22-2824 - 岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)総合内科学
教授 大塚 文男
(電話番号)086-235-7342
(FAX)086-235-7345
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